過去『IM』のWEB掲載について

現在HPにアップされているのは休刊前最後の号となった『IM...identity market』32号のみ。
http://identitymarket.net/im32web.html
バックナンバーも残部僅少となったいま、31号以前の号もHPに掲載したいのだが、文章、挿絵から各コーナーに至るまで膨大な人がかかわってきた『IM』だけに、また10年以上も前の誌面だけに、各方面の了解を全て得ることは到底不可能。そもそも過去の紙媒体をWEBにアップするあたり、どこまで作者の了解を得る必要があるのか?もよく分からない。

ちなみに
13号(1998.9.1発行)〜31号(2001.9.1発行)は再掲載
00号(1996.7.1発行)〜12号(1998.7.1発行)、及び33号(2003.6.1:「復刊準備号」として発行)は新規掲載となる。

なお、32号(2001.11.1発行)はサーバ移転に伴うアドレス変更はあったものの、初掲載以降10年間(!)ずっと掲載しているので問題はなかろう、という解釈に基づき掲載しております。

Positive Vibrations of Ten Years After

世界一豊かなアメリカが世界一貧しいアフガンを爆撃してから10年。
そしてフリーペーパー『IM』が休刊してから10年。
かつての読者は知ってのとおり、これは偶然ではなく必然の一致。

で、アフガンの平和も『IM』の復刊も未だ成らず・・・・・・

世界のあらゆる「アフガン」に、
(ほんのちょっとでもいいから)プラスになれば、それでいい。
だが、
(ほんのちょっとでも)マイナスになってしまわんか?
そんな疑念の堂々巡り。

さらに正直に告白すれば、
震災以降、方々で噴出してくる福島差別を憂いつつ、
「モットシュチョウシヨウ」を掲げ続けてよいのか?
そんな疑念の地獄巡り。

でも、
オレから Positive Vibration を取ったら何も残らんし・・・
ヒトから Positive Vibration を取ったら何も進まんし・・・
10年の節目を足場に進むべし!と胎を据えた次第。

震災以降止まっていた『IM』復刊号の編集製作。
己の身体と相談しながら、また、始めることに致します。

『IM』飲み会@東京

 休刊から8年、創刊からは既に13年とあっては最早知る者の方が少ないであろうが、identity market  は元々フリーペーパーであり、またフリーペーパーを中心としたムーブメントであった。(詳しくはコチラを参照されたし)

そんな identity market を支えてくれた元スタッフたちに久々に会おうと思い立ったのは、ココにこっそり書いている「準備」のため・・・・・・ではなく、
めでたく今年結ばれた元スタッフどうしの結婚を祝いたかったから。
そしてベーチェット病で心配をかけたみんなに私の元気な姿を見せたかったから。

というわけで、久方ぶりの私の帰省にあわせ開かれた『IM』飲み会@東京。創刊時のパートナーにして「identity market」の名付け親:雑誌のスタイリストを経て今はフリーのファッションライターとして活躍中の柴田麻希。初期の頃から個性光る原稿を提供し続けた隠れ編集スタッフ:今はバーで働く吉水裕子。長崎支部の創設時スタッフ:銀座のクラブで働きながら東大を卒業し今は経営コンサルタント会社OLのM。私と激論を交わした数少ない中後期スタッフ:現役時代の文筆志向からデザイナーに転進したI。実働半年ながらも初期『IM』にて独特の感性を発揮:今年Iと結ばれたH。そして2次会には創成の苦楽をともにした最初期スタッフ:今は服飾関係のマネージャーをしているマサオまで登場。あびの&小田原の旧副代表組と、直前まで参加予定だったライターのhinaちゃん(彼のメジャーデビュー&娘サンの映画デビュー決定おめでとう!)が参加出来なかったのは残念だったが、10年の歳月と九州〜東京の隔たりを思えば、よくぞ集まってくれたと感慨しきり。

で、何を語ったのかといえば・・・互いの現況らしきこと、そして四方山バナシってとこ。思い出に耽るようなガラじゃないからね、ウチの元スタッフたちは・・・(自慢)

でも、二十歳前後の多感な時期に『IM』にかかわっていた各スタッフも大方三十路。皆が創刊時の私の年齢を超えた今:かつて通り過ぎた『IM』を客観的にみれるようになった今だからこそ、はじめてこの再会が成立したということもまた確か。各々の(今の)人生において『IM』とは何であったのか?清濁混沌とした思い出の中からとりあえずの結論を見出してもらいたい・・・と思った次第でゴザイマス。

怪しげなタイ料理屋を経ての2次会はジャズ喫茶DUG。カメラを持ってきたことに今更ながらに気付きパチリ。(一次会のみ参加の者ども、御免!)

↓筆不精どうし。メールも3年に1回という『IM』生みの父と母。12年ぶりの2ショット!
元IMスタッフ-2

↓裏スタッフどころか裏代表!元スタッフの現況を一番把握していた吉水裕子。
幹事さんく。
元IMスタッフ-1

↓1次会中に電話してみたら、なんと東京に転勤していたと判明!
仕事帰りに駆けつけてくれたマサオ。
元IMスタッフ-3
(帰省中に4kgも太って見苦しい左の誰かサンは無視してクダサイ)

思わぬゲストも加わり盛り上がった2次会も、12時前にお開きに。
皆を見送りこれにて終了!・・・・・と思いきや。このあと意外な出会いがあった。

(つづく)

いとのはま

この向こうに壱岐があって、対馬があって、半島があって、そして大陸があるのだが、

ごめん、
ちょっと、
ひとやすみ

糸島半島野北海岸

本当はこのイベントにほんの少しだけ参加してました。
そしてほんの少しだけ種も蒔いておきました。
まあ、芽が出るとしても来春以降なのですが・・・。

取材

 熊本で働きませんか的なお役所パンフの取材を受けた。熊本市内で働く県外出身者ということで白羽の矢を立てられてしまったらしい。ここ数年は記事になるような活動はしてませんよと断わろうと思ったのだが、今後の地域振興政策のための実態調査も兼ねているとのことだったので、まあそういうスタンスならいいかなと引き受けた次第。

 取材場所は事務所兼自宅。新聞程度の取材だろうと軽く構えていたら、やってきた取材陣はなんと6人!やはりお役所は違うのだなと納得するも、想定外の人数にフル装備のカメラマン。椅子を置くスペースすら足らない事態。「3人と聞いてましたので・・・狭くてスミマセン」と半分は立ったままという、恐縮しきりの取材になってしまった。

 で、肝心の取材は・・・・・・遠慮なくしゃべらせて頂きマシタ。熊本に移って13年余り。愛してるとまでは言わないが、それなりに愛着はあるし感謝もしている。何かの役に立つようなことを伝えられればと思っていたからね。
 でもやっぱ今は具体的な活動に乏しいんで、記事になるようなことは話せないんだよね。なんか取材ってより、地域振興課のお役人サン相手に言いたいことを言わせてもらっただけ。ライター泣かせしちゃったかもデス。

 ま、えーかげん貯めた野心を燃やし始めないとパンクすること必須。目の将来に不安を抱え尻にも火がついちまいやした。

だからやります。
オレにでも出来る程の小さなこと。
でもオレにしか成し得ない大きなこと。
まずはフリーペーパー『IM』の復刊から。
その先はまだ言いません。
でも、やります。

なお私は不器用ゆえ「振興」と「侵攻」の区別が出来ません。
あらかじめご了承くださいまし。



取材にいらした皆さんへ。
 手狭な事務所でのご取材でご苦労をおかけしてしまいました。私としては「地域振興政策のための実態調査」に協力したというスタンスですので、ご担当の方にお役人サン相手に意見することが出来ただけで満足です。記事にならなかったら遠慮なくボツにしてください。本日は貴重なお時間を割いてのご取材ありがとうございました。

昔の写真

 押入れのダンボール箱から昔の写真がたくさん出てきた。
 もともと過去に無頓着な性分ゆえか、実は私、写真の整理は大の苦手。ここ十数年の写真はほとんど束になったまま。特にフリーペーパー『IM...identity market』関係の写真は、私以外のスタッフが撮っていたこともあり、存在すら忘れてしまったものも少なからず。
 そんなトホホな状態なので、家を片付けるたびに昔の写真が「発見」される。

 下の写真もそんな1枚。編集スタッフのオフショット。たぶん10年前の冬だと思う。
 裸のままダンボールに入っていたので、保存状態は極めて悪し。白い修正液(?)まで付着してしまっている。

 苦楽を共にしたスタッフに対し、いくらなんでもこれはひどい。
 とれる汚れをひとまずふき取り、感謝のしるしにゴケイサイ。

 で、正月にでも写真を整理しようと、心に決めたのであった。

IMスタッフ1998年冬頃

ホームページを改装しました。

 道路拡張工事の如く遅々淡々と進めておりましたホームページの改装工事。
ようやくながらも、ひとまず完成いたしました。〔※1〕

WEB製作は専門外ゆえデザイン的には相変わらずの不毛地帯。
しかし読みやすさ、アクセスしやすさ等のアクセシビリティはだいぶ改善されたと思います。
ついでに文字エンコーディングをUnicode(UTF-8)に変更。なんちゃってXHTMLにも移行しました。

暇つぶしにでも覗いてやってください。(でもボロが出るんでページソースは覗かないで!)
『identity market on WEB』


〔※1〕ただし印刷デザイン(「カラー印刷13,000円/6,500円」)のページは、年内に全面改装する予定です。

on WEB

 全く休みがとれなかった今年のゴールデンウイーク。どうせ遊びに行けぬのならば普段以上に仕事しちゃれと、初めて導入したWEB製作ソフト「Dreamweaver8」を使ってホームページの改良に着手。デザインやHTMLソースは差し置き、さしあたっての不具合はなんとか解消できたはず。

ウチのウェブサイト『identity market on WEB』も今年で開設9年。以前は他人任せだったこともあり、今までに何人もの製作者がかかわってきた。その「遺産」を引き継ぎ数年前から私が製作するようになったのだが、全くの初心者だった私にまともなWEB製作など出来るわけもなく、過去のデータを切り貼りしながら再利用。結果、ただでさえ作った人も時期も違うページが混在していたサイトはますます混乱。ブラウザによって見え方が全く変わってしまうような状態に陥ってしまった。
光ったり動いたりの派手な造りには興味ナシ。とにかくどんな環境でもキチンと読めること。サイト開設当初からそう言い続けてきた私にとって、これは大変忌々しき事態。だがNetscape7+初心者という製作環境では改善を試みるも難しく、今に至っていたのであった。

しかし遂に時来たれり。「Dreamweaver8」のアクセシビリティ至上主義ともいえる設計が、ウチのサイトにストライク!積年の不具合を一気に解消できたという次第。

だが不具合とともに過去の名残りも消えていくわけで、そう考えると些か寂しい。
・・・・・・などど浸っていたら、『Internet Archive』でなんと8年前、99年8月の記録を発見!しかも表紙ページは完全な形で残っているではないか!
この頃はまだネット環境すら整えていなかったので、当然保存はいていない。データも製作者から引き継がなかったので、私自身も8年ぶりのゴタイメン。さすがに懐かしい。

不完全ではあるが、中のコンテンツも10ページ程残っている。お見せするのは恥ずかしい個所もあるのだが、『identity market on WEB』若かりし頃の貴重な記録。興味がある方は、どうぞ、覗いてやってくださいまし。
直リンク
なお文字化けしている場合は、文字のエンコードを手動でShift_JISに切り替えてください。


↓「完全な形」かと思ったが、19号は99年9月発行なので明らかにおかしい。
   画像と文章の記録時期にズレがあるようだ。
identity market on WEB 1999年版表紙1identity market on WEB 1999年版表紙2

熊本市議選

 熊本市議選などというローカルな話題をなぜ取り上げるかといえば、なぜか全国区の有名人が出馬しているから。
 この有名人がなぜ熊本市を選んだのか経緯は全く知らないが、もし当選し(いや当選しなくても)今後拠点を熊本に移すのであれば、

  モットシュチョウシヨウ!
  モットコミュニケイトシヨウ!
  アナタガ、ソシテ、ニホンガ
  モウコレイジョウ
  シニンニナラナイタメニ・・・


と謳ってきたフリーペーパー『IM...identity market』としては、やはり無視できまい。
 投票受付は先ほど終了。
 さて、結果は如何に?

 ところで市議選の公示前に不愉快なことがあった。
 某候補者の事務所の人間とおぼしき人物が訪ねてきて、そして候補者のチラシを差し出しながら
「前回もお世話になったとお伺いしておりますが、今回もよろしくお願いいたします。」
とほざきやがったのだ。
 冗談じゃない!
「いや、応援したことはございません。何かの間違いではないでしょうか?」
と丁重にお引き取り頂いたが、勝手に支援者呼ばわりされて不愉快極まりなかった。

 いや、やはり「不愉快でした」で済ませるべき話ではないな。
 某候補者と最初は伏せたが、身に降りかかった火の粉はしっかりと払わせて頂く。


 私、アイデンティティ・マーケット代表・宮原春萌は、前熊本市議会議員・田尻まさひろ氏を応援した事は一切なく、また今後も、勝手に支援者よばわりするような失礼な政治家を応援する事はございません。


[4/30追記]
 1週遅れの報告になってしまったが、市議選の当選者が確定した。
「全国区の有名人」は540票にて落選。彼のブログを読む限り熊本に残るか否か微妙やね。まぁ、当分は様子見でいいかなぁという感じ。
 なお田尻まさひろ氏は6510票にて余裕の当選。やっぱ厚顔無恥なヤツが強いんだぁね。やれやれ。

【参考資料】
『朝日新聞2007年4月23日朝刊(西部本社版第15版16面)』>「市議選の当選者」(朝日新聞社、2007)

After Ten Years After

『IM...identity market』の元常連、吉水りふ a.k.a. 吉水裕子氏の一時帰省パーティ(?)に昨晩顔を出す。
彼女自身も『muzzle』というコアなフリーペーパーを発行していたころ、『IM』としては10号〜20号ごろにかかわったヨシミズまわりの連中に出会えるぞ!・・・と思いきや、再会できたのはさらに昔、00号〜04号ごろという創刊当初にご縁があった人たちであった。

これはワタクシ的には意外な展開。というのも吉水氏が『IM』に初めて投稿してきたのは04号。しかもまだ高校生で、街で活躍し始める前。・・・つまり彼女と「00号〜04号ごろにご縁があった人たち」は当時はまだ繋がっていなかったはずだからだ。
むしろ『IM』主催のパーティ(その名も「conjunction(=接続詞)」)で繋がったのかなとも考えたが、そればかりでもなさそう。
まぁ、市街70万弱、商圏100万弱の人口のワリには狭いからねぇ熊本は・・・と、うやむやに矛を収めておくが吉。どうだっていいことだしね。(いい意味で)

閑話休題。
家に帰ってから気付いたのだが、『IM』への投稿という形で吉水氏と出逢ったのが1997年の冬。掲載確認の電話口で「蚊が鳴くような声」(05号紹介文より)を初めて聞いて、3月1日発行の04号に掲載になって、そして前出のパーティ「conjunction」で「『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイに雰囲気が(そしてたぶん中身も)似ている彼女」(08号紹介文より)と初対面を果たしたのが3月15日。そう、今からちょうど10年前。10年前に全てがはじまり、そして10年経ったのだ。
今の彼女にとって、そして昨日のパーティにとって、「10年」が(密かに)大きな意味を持っていたのか否か?それは分からないけどね。

吉水氏が10年前ということは、「00号〜04号ごろにご縁があった人たち」は更に前。00号以来ともなれば11年前ということになる。吉水氏とはおそらく5年ぶりぐらいだったが、中にはまるまる10年ぶりだろうという人もいた。
でも嬉しかったのは、これらの「再会」において交わした言葉の多くが「思い出」ではなくて、「いま」と「これから」だったということ。過去があって、過ぎ行く「いま」があって、そして「これから」がある。いや、「思い出」があるからこそ深く語り会える「これから」がある。実際のところ限られた時間で深く語り合えたわけではなかったが、そんな雰囲気がごく自然に存在していたことが何よりも嬉しかった。
もちろん『IM』の「これから」:復刊の話もさせて頂きました。ほんのサワリだけだけどね。

ひとつ残念だったのは、何人かの「00号〜04号ごろにご縁があった人たち」とすれ違ってしまったこと。昨日は印刷の納品日だったので、私が顔を出せたのはパーティ終了1時間前という深夜。もう何人か帰ってしまった後だったのだ。
まあ、会うべき人とは、いずれどこかで再会するのだろうけど・・・。

そんなこんなで、後から気付いたこの「10年」。思わぬ拾い物をした気分で、『IM』復刊のバネに使わせて頂きマス。
ヒロちゃん、みんな、ありがとう!



『IM』に掲載された吉水裕子氏の原稿が、彼女のホームページ「+ muzzle +」でバッチシ読めます。(なんと各号掲載の紹介文まで読めちゃいマス)
『identity market on WEB』のLINKページからどうぞ!

それにしても「もう4年くらい止まってます」なサイトへのリンクページも止まって既に1年半・・・。
お互いスローに生きとるんだか、なんだかだぁね。

calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>
Follow identitymarket on Twitter
Twilog (Twitter 過去ログ)
Twilog - @identitymarket


new entries
categories
archives
links
profile
search this site.
mobile
qrcode
recent comment
recent trackback
sponsored links
others
---------------------
+ NetTheRadio +
PSYCHEDELIK.COM
PSYCHEDELIK.COM
psyradio
psyradio
SomaFM - Groove Salad
Groove Salad

---------------------
+ GlobalChillAge +