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肥薩線

 以下は2004年3月18〜21日に『裏凡identity market』に発表した文章の再録です。再録にあたり<自宅編>を<提言編>に統合。併せて脚注等を加筆修整。また参考資料のリンク先を最新のものに改めました。

*--------------------------------------*


<八代〜人吉編>

 肥薩線を走る。
 八代から人吉を経て吉松そして隼人へ・・・・・・その名の通り肥後と薩摩を結ぶ。途中、人吉〜吉松間は峠越え。スイッチバックとループを繰り返しながら急勾配を登り降り。そしてトンネルの連続。先人の苦労が偲ばれる鉄道だ。
 明治末期の開通当初は南北九州を結ぶ唯一の鉄路として大いに賑った。特別装備のデゴイチが活躍していたという。
 昭和の始め、水俣回りの鹿児島ルートが開通。早くも主役の座を譲った肥薩線は、以後宮崎方面への交通のみ担う。それでも一時は特急も走る活躍を見せた。が、道路網が整備されるにつれ徐々に廃れゆく。
 そして平成。難所加久藤越えの高速道が遂に開通。人吉―吉松間は最後の急行も廃止され、今や1日4往復の単行ディーゼルが走るのみ。輸送手段としての役目をほぼ終えた。

 八代発14時07分。川沿いの村落に立ち寄りながらトコトコ走る。
 初春の陽光ひかる球磨川が眩しい。
“三大急流”と呼ばれるわりには悠々とした流れのこの付近。かつては木材を運ぶ筏が頻繁に下っていたという。緑水湛えるダム現わる。日本初の撤去決定で近頃話題になった荒瀬ダムだ。このダムが撤去されれば、支流の川辺川は水源から河口までダムの無い川となる。もちろん川辺川ダムが建設されなければの話だが・・・・・・。

 人吉までは1時間ちょっと。だが人吉での連絡が悪いので、球泉洞駅で途中下車。
 次が来るまで30分。ビール片手に川を眺める。

 15時50分人吉着。まだ1時間20分もある。再び途中下車。駅近くの青井神社に寄る。
 築四百年という社殿や楼門を差し置き、境内を歩くシャモ鶏の美しさに見惚れてしまう。

 17時10分。ようやく人吉発。
 古びたディーゼルカーを期待したが、入線してきたのは「いさぶろう・しんぺい号」。昼間は500円の特別料金を取る観光列車として走る車両だ。デザインに凝るのが好きなJR九州らしく、赤茶に金の外装と和風木目調の内装センスは悪くない。九州新幹線の開業に合わせ先週投入されたばかりの新車両だけあって、まだ傷どころか汚れすらついてない。

 かつての栄華へ敬意を表するものなのだろう。
 だが、何かが違う、と感じるのだ。


<人吉〜吉松編>

 17時10分人吉発。乗客約20余名。大半は観光客のようだ。オフシーズンの平日の割には多い。
 駅を出るとすぐに急勾配。ディーゼルエンジンがうなりを上げる。

 そして大畑駅着。「大畑」と書いて「おこば」と読む。明治42年開業の日本初のスイッチバック駅。木造瓦屋根の駅舎と用途不明の石造小屋に歴史を感じる。スイッチバックのため運転手が反対側に移る。1両なので楽々移動。停車時間も僅か2分だ。

 三段式なので発車後すぐにもう一度スイッチ。そしてこのスイッチの前後でトンネル2つを抜けつつループも果たしている。まさに鉄道技術のオンパレード。鉄路敷設が国策だった時代の情熱を感じる。
 ループが終っても、乗ってて分かる程の急勾配がしばらく続く。

 やがて峠の矢岳駅に着く。やはり木造瓦屋根の立派な駅舎は引戸まで木造り。明治の開通当時のものと聞く。構内には70年代まで活躍していたD51蒸気が展示されているが、短い停車時間では車窓から眺めるのみ。

 矢岳駅からは下りに転ず。どうでもいいことだが、この区間の眺めは旧国鉄選定の「日本三大車窓」なのだという。次の真幸駅はまたもやスイッチバック駅。そしてまたもや古びた木造瓦屋根。この肥薩線がかつて日本の背骨だった時代を物語る。大畑駅と違いここはスイッチのない通過線があるはずだが、急行が廃止された今となっては無用の長物。スケールの小さい三段スイッチをセコセコと行う。

 さらに急な下り勾配を抜け、18時07分吉松着。ここから先へ行くと帰りの列車が無い。かつて南九州の鉄路の要として賑わったという構内を見る間もなく帰りの切符を買い求め、折り返し18時13分発人吉行き最終列車で帰途につく。これだけ慌ただしく折り返すくせに人吉ではまた1時間半も待たされる。ローカル線とはいえ、どうにかならないものかねぇ。


<提言編>

 22時20分熊本着。帰宅。
 ひと息ついて、早速、作文にとりかかる。
 だが、どうも筆が進まない。
 なぜ「何かが違う」と感じたのか?・・・・・・そこで思考がストップしてしまうのだ。

 そこで一旦筆を置き、資料をあたり歴史を紐解く。

 冒頭に書いた通り、難工事の末開通した肥薩線。
 明治、大正、昭和、平成。はじめは主役、主役を譲った後は脇役を演じ続けた。日本の近代化に貢献し続け、しかし自らを近代化することなく老いてゆき、表舞台から静かに去った。
 終戦直後の混乱期に起きた大事故。70年代まで活躍した蒸気機関車。高度成長を駆け抜けたディーゼル特急。苦難続きの建設と運行に情熱を注いできた人々。そして豊かな暮らしを夢見て進む乗客たち。・・・・・・肥薩線は近代日本の歴史を見守り続けてきた。駅舎やホームの寂れつつも重厚な風格はその何よりもの証しだ。

 しかし今ここを走る「いさぶろう・しんぺい号」にはそれがない。やたら明るい車内灯。プラスチックのような質感の内装材。意図不明な和風デザイン。全席据え付けの食事テーブル。ご丁寧にテレビモニターまで付いている。まるでファミレス。センスが悪いわけではないのだが、風格ある駅舎やホームとは全く釣り合わない。いや釣り合わないどころか風格を汚し、歴史を蹂躙しているようにさえ思える。

 これからも鉄道本来の目的、すなわち輸送で生きるというのならそれでもよい。実用に即した進化は歴史の新たなる1ページ。決して過去の否定ではない。
だが肥薩線に許された道は観光化のみ。鉄路華やかかりし頃の遺産を守り、時を止めて生きていく道のみなのだ。しからば過去に敬意を払い、過去を忠実に再現すべく努力すべきではないのか。
 遺産を壊して作ったものを、「これが遺産です」と騙して儲ける。・・・・・・すなわちこれを詐欺という。

 駅舎、ホーム、線路・・・・・・百年の栄枯盛衰を生きてきた肥薩線の遺産は素晴らしい。停車時間の短い夕方の列車ではホームに降りることすら叶わなかったが、それでも充分、歴史の重みを実感できた。
だが、鉄道の主役はあくまで列車なのだ。その列車が本物どころか複製ですらない作り物とあっては、遺産の魅力も台無しだ。

 やはり「本物」を走らせるべきだろう。すなわち蒸気機関車だ。さほど難しい事ではない。矢岳駅に眠る“デゴイチ”を復活させればよい。同じ駅に眠っていた“デゴイチ”より旧式の“ハチロク”〔※1〕は、既に「あそBOY」として復活している。「あそBOY」が走る熊本・阿蘇(宮地)間は肥薩線同様スイッチバックもある難所。この区間を走らせることが出来るのだから、肥薩線の峠越えも問題ないはずだ。そもそも人吉までは、今でも時々“ハチロク”が走っている。それを延長するだけでもよいのだ。〔※2〕

 運行区間はどうせヤルなら日本最長。人吉〜吉松などとセコイことはせず、肥薩線開通当初にならい鹿児島まで走らせる。九州新幹線と同じ八代〜鹿児島。つまり明治の息吹感じるSL・肥薩線と一番新しい新幹線を往復セットにする。これならば土日2日かけで一往復すればよい。人吉、えびの、霧島、桜島・・・・・・沿線の観光資源も申し分ない。鹿児島空港にもつながる。ここまですれば九州外、いや海外からも観光客を呼ぶことが出来るはずだ。

 運行日は「あそBOY」と同様、週末と春夏休み。上記の通り2日かけて一往復。その他は現状通りディーゼルカーを走らせる。ただしこれも「本物」にする。近年まで運行されていたキハ 52単行車両を国鉄時代の朱色に塗って復活させれば、郷愁誘う車両として人気を博すに違いない。

 遺産として生きるのならば遺産に徹するべし。遺産の価値は「いかに本物か?」にしかないのだから。


[10/7追記]
再録してみて気付いたのだが、この紀行文(?)、完璧なまでに「ひとり旅」に仕立てられているわな。
ネット上でも公私混同は避けるべしがモットーゆえ私的な友人関係は基本的に登場させないのが私の常なのであるが、まる一日旅に付き合わせておきながら存在無視というのはチト酷い。
3年経った今さらながらひとこと。楽しかったですね。ありがとう!


〔※1〕オヤクソクだが、もちろん走り屋ご用達のあのクルマではない。

〔※2〕この文章を書いた翌2005年、“ハチロク”老朽化のため「あそBOY」は廃止された。だが復活を望む声に押され、2009年より再び“ハチロク”が肥薩線を走ることになった。ただし区間はやはり熊本〜人吉とのこと。なんと大正生まれ。博物館外を走るSLの中ではおそらく日本最古の“ハチロク”さん。全面改修をしてもやっぱ無理なんかねぇ。鹿児島までの運転は。


【参考資料】
『JR全線全駅』(弘斉出版社、1994)
『鉄道ジャーナル別冊 日本の鉄道 全路線7 JR九州』(鉄道ジャーナル社、1989)
『国鉄全線大百科』(実業之日本社、1980)
『時刻表(1981年7月号)』(日本交通公社出版事業局、1981)
『よかとこBY』>九州観光&温泉>熊本南部>大畑駅(株式会社システム工房、1997-2004、03.10.28更新版)
『雑学の博物館』>鉄道写真館>肥薩線(S-Wakamatsu、1997-2004、04.3.1更新版) →サイト移転→ 『雑多な写真展』>鉄道写真(駅);JR>JR九州;肥薩線(S-Wakamatsu、1997-2004、2004年3月1日更新版)
『Enjoy Train!』>この先の九州へ>「いさぶろう」「しんぺい」の旅("Hash"、2003-2004、2003年1月9日更新版) →リンク切れ
『The Room of Naturalist』>SL Fantasy・煙の詩>肥薩線・大畑のD51(大石幸雄、2004年3月17日更新版)
『舞香の Mixing Room』>寝台列車>大畑駅/矢岳駅/真幸駅(1998-2004、Mayumi Ueda、2004年3月16日更新版)
『時刻表博士まっこうくじらのウェブサイト』>抹香鯨の鉄道事故年表>1940〜1959年(2000-2004、まっこうくじら、2004年3月15日更新版)

 


[10/7追記]
再録してみて気付いたのだが、この紀行文(?)、完璧なまでに「ひとり旅」に仕立てられているわな。
ネット上でも公私混同は避けるべしがモットーゆえ私的な友人関係は登場させないのが私の常なのであるが、まる一日旅に付き合わせておきながら無視というのもチト酷い。
3年経った今さらながら謝辞ひとこと。楽しかったですね。ありがとう!

 

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